幕末下級武士のリストラ戦記

幕末下級武士のリストラ戦記 (文春新書)

幕末下級武士のリストラ戦記 (文春新書)

自分史というジャンルがあり、1980年代あたりからブームになってきたようだ。本書が取り上げる山本政恒(まさひろ)という旧幕府御家人の書いた自伝(死後70年のちに刊行)は、ブームのはるか昔に書かれた貴重な一書であり、いわば元祖自分史といえるものだろう。

徳川幕府の瓦解によって3万人といわれる旧幕臣が職を失ったが、その後、彼らがどのような人生を送ったのか。明治維新の陰で忘れられていたこの問題にスポットをあてたのが安藤氏の前著『幕臣たちの明治維新』だが、本書はさらに山本政恒という一幕臣の目を通して、この話題により深く切り込んだ。また、一幕臣の人生というだけでなく、旧幕臣全体の動きを知る上でも有益な点が多い。たとえば、旧幕臣のOB会のような組織、また彼らのネットワークを垣間見ることも可能である。

ところで、山本の自伝は文章もさることながら、本人が描いた挿絵も素人とは思えない出来栄えであり、本書を味わい深いものにしている。この挿絵だけでも、幕末・明治期の貴重な史料といえるだろう。

なお、本書181ページには山本の残した「収入金」と「支出金」が紹介されている。安政3年から明治34年というきわめて長期の家計を集計したものであり興味深い。安藤氏によると幕臣時代の給与より明治期の官吏時代の給与の方が倍以上とのことなので、山本はかなりうまく転身した者と解釈できるかもしれない。