米軍基地跡と福澤旧居を巡る

大分県で2ヵ所、訪ねたいところがあった。1つ目は別府の米軍基地跡。3年前にアトランタへ在外研究へ出かけたとき、知り合った老婦人が55年前にご主人の転勤で別府に住んでいたという話を聞き、機会があれば別府基地跡の写真を撮って送る約束をした。

すでにアトランタで基地の建物はすべて撤去されて何もないが、当時植えられたクリスマスツリーのヒノキが残っていることは調べていたhttp://d.hatena.ne.jp/hamano/20080824。通りがかりの人に聞きながら、歩いてゆくとすぐにそのヒノキが見つかった。



中央の高い木がクリスマスツリー

偶然通りかかった方に頼んで記念写真を撮る。その方は、基地があったころ中学生だったそうで、基地の様子を詳しく聞くことができた。当時、陸上をやっていたそうで、本来、日本人は立ち入り禁止だったにも関わらず、中での練習を許してもらい、米兵と一緒に走ったという。日本人と米軍の友好関係を物語るエピソードだろう。

2つ目は、中津である。塾の卒業生としては、一度は訪ねなければならない「聖地」といえる。駅から史跡コースの案内板を頼りに30分ほど歩き、「福澤旧居」にたどり着く。平日にも関わらず、思った以上に訪ねる人が多くて驚いた。なお、福澤先生が大坂から最初に移り住んだ家はすでに取り壊されて更地になっていることは聞いていたが、福澤旧居のお隣だということは知らなかった。



手前が中津で最初の家の跡。奥が2番目の家。


その後、お城まで歩く。地図では結構、離れて見えるが7〜8分のところにある。天守閣は現代の復元だが、石垣は古いものがそのまま残っていた。



帰路、もう1ヵ所西小倉で小倉城内にできた「松本清張記念館」に寄る。ここでの見所は清張の書庫がそのまま移築されて、ガラス越しに見れること。これを見れただけでも途中下車の甲斐があった。

小倉からは4時前の新幹線に乗り、京都へ戻った。