中村武生『池田屋事件の研究』(講談社現代新書)

池田屋事件の研究 (講談社現代新書)

池田屋事件の研究 (講談社現代新書)

新書にしては異例なほど分厚い形にまず驚く。読み始めると、幕末京都の事件史にどんどん引き込まれて一挙に読んでしまう。これまで、京都の歴史地理について著作の多い中村武生氏の、歴史研究に関する最初の単行書であり、新書の形をとってはいるが、むしろ一級の専門書がまとまったことをまず喜びたい。

本書を貫く基本姿勢は、史料批判への徹底的なこだわりである。まず、最初に取り上げられたのは1994年に発見された古高俊太郎の供述書「書付写」である。著者はこの史料がはたして利用可能なものかという点をとことん追究する。検討過程では別の史料を用いるなど工夫をこらした史料批判のプロセスは地味ではあるが、歴史研究の本当の醍醐味を教えてくれる。

私自身、幕末の京都をフィールドにしているが、これまで常識として考えてきた事件史の基本知識がいくつも揺らいでゆくことにも驚かされる。本書を読むと、幕末京都の歴史にはまだまだ多くの謎があるとともに、それを解く鍵がまだまだ眠っていることに気づかされるだろう。

本書にはまた、歴史のヒーローたちだけではなく、庶民の姿も見え隠れする。古高俊太郎が持っていた借家には浪士が潜伏したいたのか。この問題を解く鍵は、「宗門人別改帳」にあった。中村氏はこの史料を用いて、古高の借家人の実像を明らかにして、この問いへの一定の回答を得ている(p.307-310)。

本書は、幕末日本の歴史に興味を持つ人に、広く薦めたい。多少の歴史事項が頭に入っていた方が読みやすいので、そのあたりが不安な方は、簡単な歴史年表を横に置いて読むのも一案かと思う。