豊川良平

慶應義塾150周年を記念し刊行された『慶應義塾史事典』でいくつかの項目を担当したが、その中に「豊川良平」という人物がいる。あまり知られていない人であるが、岩崎弥太郎の従弟で、14歳で両親をなくし、岩崎家に引き取られた。弥太郎、弥之助とは兄弟のようにして育ったという。

その縁もあり、後に三菱との関わりも深い。慶應義塾を卒業したあと、1878年には三菱商業学校を創立し会計監督を務めている。その後、同校が廃校になると独力で明治義塾を創立し、塾長となった。関西大学創立者のひとり吉田一士は明治義塾の監事をしていたことがあり、ここにまた接点がある。

今では歴史に埋もれているが、良平が関わった三菱商業学校、明治義塾という2つの学校がどのような人材を輩出していったのか、興味がわく。いずれ、調べてみたいテーマと考えている。